半世紀をかけて露呈された不条理な会社人生

橘玲著『不条理な会社人生から自由になる方法』

 このタイトルは橘玲氏の2019年3月単行本『働き方2.0vs4.0 』が2022年4月に文庫本化する際にタイトルが改題されたものだ。文庫版の刊行のタイミングは、コロナ禍が全世界を覆った時期と重なっている。単なる未来の仕事のアイデアであった「リモートワーク」が急速に普及し、定時出社などしないで、自宅やシェアオフィスなどでの業務が日常となった期間だ。多くのサラリーマンは思っただろう。無意味な定時出社、頻繁な社内会議や夜の社内飲み会の煩わしさ、会社全体で一斉の夏休み、なかなか上がらない賃金でのブルシットジョブ、ハラスメントでメンタルを壊されるかもしれない不安・・・これらは何だったのだろうか、と。そして無能な上司や無責任な部下たちと顔を会わせることのない快適な時間と空間の素晴らしさを体感した期間でもあったはずだ。併せてパワハラ、セクハラ、マタハラ、アカハラ・・・、等各種ハラスメントが連日社会問題として取り上げられてきた。文字通り会社生活の“腫瘍”があちらこちらで破裂し始めた。現代社会でサラリーマンとしてまだ働かざるを得ない人々の気分が『不条理な会社人生から自由になる方法』とのタイトルに収斂されたといえる。これまでの日本における社会雇用制度の本質や課題をいくつかの視点から抽出、解説し、課題に向けた解決策も提示されている。

 さらには2023年3月に刊行された『シンプルで合理的な人生設計』では一歩進んだ「シンプルで合理的な成功のライフスタイル」が提示されている。とりわけ第2章で金融資本/人的資本/社会資本の成功法則では、多くの参考文献が提示され、有益な提案がなされている。その内容は自身の人生を中長期プランで設計し、実践できるリテラシーと体力をもった人に向けられている。なので、今すぐ何でも起業したい、短期間で儲けたい、自己承認欲求が極度に強いといった方たちには不向きな内容だ。

石原慎太郎著『息子をサラリーマンにしない法』

石原慎太郎氏が著したエッセイ『息子をサラリーマンにしない法』を神保町の古書店のワゴンで入手。何と半世紀近く前の1975年(昭和50年)刊行となっている。このようなタイトルの本を石原氏は書いていたのか、というのが率直な感想だが、「サラリーマンであることの悲劇」「日本組織の悪しき特性」「平等という名の悪平等」「仕事は会社のためでなく、自分のためである」等の主題で、現代の“腫瘍”が半世紀以上前から既に肥大化していたものであることが分かる。橘玲氏と同視点ながら、慎太郎節で彼なりのサラリーマン観と男性論も打ち出されている。サラリーマン一般を否定している内容ではなく、日々の会社生活で忖度に汲々とし、中流階級意識を持ちながらも自分と会社に屈折した不平不満をもっている人々を唾棄する内容となっている。つまり自身がサラリーマンであるにもかかわらず、このタイトルの本を買うようなサラリーマンこそ石原氏が否定してやまない人物そのものだ、といったもうひとつのメッセージが込められている。何という逆説、というかオチ。残念ながら現在は絶版になっているが、「不条理な会社人生」ということを理解しているにもかかわらず、自身の生き方を改革できない令和の現役サラリーマンたちの共感を得るタイトルと内容だ。

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この記事を書いた人

建築家・デザイナー・学芸員・市場アナリスト・・・爺達からの遺言。現代社会と過去の時空を彷徨い、明日を生きるためのメッセージを送っていきます。

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