ちょっとグロテスクで不思議な世界へいざなってくれる7編

『本の背骨が最後に残る』  斜線堂有紀著

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冒頭は、人間が本となった小国の物語

 本作は、2016年に第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビューした斜線堂の最新作だ。とある書評で、「作者の名前もタイトルも変わっているな」と思い手に取った。設定がなかなか奇妙で、決して後味も良くないがなぜだか惹かれる7編が収められている。冒頭は、本のタイトルと同じ題名の付いた作品で、舞台は紙の本が禁じられ、人間が本となった小国である。この国では、「本」は一つの物語しか語れない不文律があるが、(とう)とういう名の「本」は10の物語を自身に刻んだために両目を焼き潰されている。この十を他国から来た旅人が訪ねるところからストーリーが展開する。

 彼の地では、ある「本」とある「本」の語る物語に食い違いが発生すると、この『誤植』を訂正するために『版重ね』が行われる。このイベントは、コロセウムのような円形の劇場に観客を入れて行われ、負けた「本」は、肉が落ち背骨になるまで焼き尽くされる。そして、十が、『白往(しらゆ)き姫』の『版重ね』に臨む。相手は、雪のように白い肌と燃えるような赤毛を持った少女の「本」。2冊の対決も興味深いが、敗者が炎の餌食になる描写が心に残る。焚書-本が焼かれる-とはいったい何なのだろうか。

生きながら、水死体になっていく運命に翻弄される若者たちの切なさ

 続く「死して屍知る者無し」は、人間はいずれ誰しも別の動物に「転化(てんげ)」するとされる世界の物語。主人公の「私」は、かわいい兎に転化したいと思い、「私」の好きなミカギは、みんなの役に立つ驢馬になることを望んでいた。そして、ミカギは魚を捕りに行った際、川に呑まれ行方不明に。戻ってきた彼は驢馬に転化していた。その後、ミカギに偶然出会った「私」が転化中に気が付いてしまったこととは、・・・。

 このほか、電気信号となった人々の痛みを『蜘蛛の糸』を通じて引き受け、その地獄の痛みに耐えながら華麗に舞う踊り子『痛妃』の物語や、何をしても心が晴れない男が精神科医の勧めでタイムスリップし、悲劇に見舞われた女性を助けようとする『デウス・エクス・セラピー』なども面白いが、一番のお気に入りは『金魚姫の物語』だ。

 この作品は、人間が突然、雨に降り続けられ、生きながら水死体になっていくという怪現象に見舞われた世界が舞台。何の前触れもなく、ある人のところだけ雨が降る。傘を差そうが屋内に入ろうが、雨はその人間だけを狙って降り続ける。雨に憑かれた人間は逃れることが出来ず、ただ死を待つしかない。この現象が『(こう)(るい)』と呼ばれている日本の海沿いの町で暮らす准は、写真を撮るのが好きな男子高校生だ。ある日、彼が前々から被写体にしたいと思っていた遥原憂(はるばらうい)から「雨が降り始めたから、モデルになってあげてもいい」とのメッセージが届く。准は、彼女が降涙の被害者になったことを悟り、会いに行くと、夏日の中、憂だけが土砂降りの雨の中にいた。そして彼女は「私が雨で腐るまで、撮っていい」と語る。どうして憂は被写体になることを許し、准はそれを拒絶しなかったのか。日々、肉がぐずぐずになっていく彼女を准は撮り続け、文化祭で約1ヶ月の記録を展示する。

 会場に掛けられた8枚目の写真には、水面に浮かぶ鮮やかな金魚が写っている。准はどうして金魚を登場させたのか。憂は金魚になれたのか。偽物とは何で本物とは何なのか。悲しい結末だが、瑞々しさと切なさが心にしみる。

 勧善懲悪やパッピーエンドが好きな人にはお薦めしないが、不思議な非日常を求めている人には一読の価値があるだろう。

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この記事を書いた人

建築家・デザイナー・学芸員・市場アナリスト・・・爺達からの遺言。現代社会と過去の時空を彷徨い、明日を生きるためのメッセージを送っていきます。

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