北斎の職人としての執念

30年の年月を経て完成した葛飾北斎のThe Great Wave

葛飾北斎の代表作『神奈川沖浪裏『(かながわおきうらなみ)は日本人なら誰でも幼い頃から親しんでおり、大概の方にとっての「お馴染みの日本版画」だろう。海外では『The Great Wave』として広く知られ、印象派のゴッホ、モネなど近代芸術家たちの表現技法、構図に影響を与えてきた。美術以外では、フランスの作曲家ドビュッシーは交響詩『海』の楽譜の表紙『海(LA MER)』にこの版画をモチーフにした一枚絵を掲載している。北斎の絵からインスパイアされ、作曲したとされている。またサーフィンの世界的ブランドである Quicksilver のロゴマークもモチーフとなってデザインされている。

ドビュッシーの交響詩「海(La Mer)」のスコア(参照:Osterreichische Nationalbibliothek )
画像:https://www.quiksilver.co.jp/

1830年代、北斎、齢70代前半の作品だが、手前に大きな波を描くこの構図自体は、「賀奈川沖本杢之図」(かながわおきほんもくのず)として四半世紀近く前の1790年代に既に描いている。「本杢之図」から「浪裏」までの約30年の時間を要したということだ。

画像:すみだ北斎美術館

この間、北斎は社会風刺や洒落をきかせた短歌に絵を添えた狂歌絵本の挿絵や、配布用に特注された浮世絵版画の摺物において波の表現をいくつか試している。また滝沢馬琴はじめ江戸の様々な作家たちと協業の作品も数多く残している。映画『HOKUSAI』では謎の浮世絵師・写楽との交流もあった設定となっていた。職種の異なる職人たちとの交流、江戸の文化の中核となった隅田川沿岸に長年居を構えながら、庶民の生活感覚を常に肌で感じながら生涯を過ごした北斎は、常に芸術的触覚を磨いていたと推察される。30年以上の時をかけて、波に鉤爪のようなエッジの立った波頭を描くように至り、そして70代になり、迫力ある波の表現を研ぎ澄ませ、藍色を中心にシンプルな色合いにまとめたこの「神奈川沖浪裏」を発表した。ハイスピードカメラで撮影した波しぶきをスロー再生、停止したような迫力は、現代社会における映像技術の向上に見慣れた我々の眼にも、更に迫力を増している。生涯をかけて、一滴の水滴を描く執念とこだわり。ここに、葛飾北斎の芸術家としての静謐な執念を感じざるにいられない。

『北斎のデザイン』

『伊八、北斎からドビュッシーへ 日仏文化交流の麗しき円環』

『HOKUSAI』

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建築家・デザイナー・学芸員・市場アナリスト・・・爺達からの遺言。現代社会と過去の時空を彷徨い、明日を生きるためのメッセージを送っていきます。

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