報復の連鎖を止めることはできるのか

『ぼくは君たちを憎まないことにした』  アントワーヌ・レリス著

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パリ同時多発テロで妻を失った男が記した2週間


 パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」が10月7日(2023年)、イスラエルに大規模な攻撃を加え、イスラエルが報復を開始。12月5日現在、双方で1万6000人以上の死者が出ている。イスラエルの攻撃は報復の域を逸脱しており、ハマスはもちろん、ガザ地区に住む普通の人々をも抹殺する意図があるように感じられる。この戦闘がどのように収束するかは不透明だが、パレスチナ人であれ、イスラエル人であれ、被害者の遺族の多くは対手への恨みを募らせているだろう。そして、規模の大小にかかわらず、報復は続いていく。
 そんな虚しさを感じているとき、「ぼくは君たちを憎まないことにした」というタイトルの映画が公開されているのを知った。少し調べてみると、テロ事件で妻を殺害されたフランスのジャーナリストが書いた同名のベストセラーが原作の作品だった。2015年11月13日の夜、パリで同時多発テロが起き、130人が死亡した。著者であるレリスの妻 エレーヌはそのとき、犯行現場の一つとなったバタクラン劇場にいて、帰らぬ人となった。この本には、妻が事件に巻き込まれたことを知ったときから、生後17か月の息子 メルヴィルと2人で愛する人の墓に行くまでの約2週間の出来事と思いが時系列で記されている。

「ぼくは君たちを憎まないことにした」は、自分に対する宣言だ

 最初、本のタイトルを見たとき、著者がこの気持ちに至るまでの過程が描かれているのだろうと思った。どんな思考回路で、この言葉に行きついたのかと。しかし、違った。最愛の妻の突然の死で混乱し、ほとんど話すことができなくなった著者だったが、遺体の安置室で妻に会ってから言葉が出てくるようになる。昼ごはん、おむつの交換、昼寝、と息子の世話をする日常の中で、向こうからやってくる言葉を一つずつ選び、くっつけたり、離したりと、しばし仲立ちのようなことをした。すると、「手紙」ができた。「ぼくは君たちを憎まないことにした」。


 ”金曜日の夜、君たちはかけがえのない人の命を奪った。その人はぼくの愛する妻であり、ぼくの息子の母親だった。それでも君たちがぼくの憎しみを手に入れることはないだろう。(中略)君たちはぼくが恐怖を抱き、他人を疑いの目で見、安全のために自由を犠牲にすることを望んでいる。でも、君たちの負けだ。ぼくたちは今までどおりの暮らしを続ける。”


 著者は2日間、迷った末にこの文章をフェイスブックに投稿した。このメッセージは世界中を駆け巡り、3日間で20万回以上も共有された。自宅には多くの手紙も届いた。その中の一通に「不幸に見舞われたのはあなたなのに、私たちに勇気をくれたのはあなただ」という言葉があった。しかし、レリスは思う。『ぼくは自分の言葉についていけな
い。たとえその言葉はぼくのものだったとしても、その言葉通りのぼくであり続けられるかどうかはわからない。あっという間にくじけてしまうかもしれない』。アントワーヌ・レリスがどんな環境で育ち、どんな信念を持った人物なのか私は知らない。かけがえのない妻を他人の“大義”のために殺された男が、その死から数日で紡ぎだした言葉。それは、人間としての矜持だったのではないだろうか。この矜持のため、レリスはいまも日常を続けていることだろう

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この記事を書いた人

建築家・デザイナー・学芸員・市場アナリスト・・・爺達からの遺言。現代社会と過去の時空を彷徨い、明日を生きるためのメッセージを送っていきます。

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