時空を超えたベラスケスの『ラス・メニ―ナス』

400年の時空が交差する神業

この時代の絵画でこれほどまで緻密に構成された事例はない。中央の幼い王女と彼女の左側でカンバスに向かうベラクレス。二人の視線は絵の外部へ注がれている。王女の背後には小さな鏡が掲げられ、そこに国王と王妃の姿が映し出されている。これによってカンバスの外には国王と王妃が立ち、絵画の内部から向かう視線の先は国王と王妃に注がれている。そしてこの国王と王妃に注がれる外部からの視点と鑑賞者の視線が重なることによって、幻惑が生じる。

バロック絵画の最高傑作

スペイン美術は中世から18世紀にかけて、政治と国教に密接に結び付いた国家の振興とともに繁盛、これに伴い国家の権威を称揚、誇示を世に伝えるメディアとして宮廷画家のアイデンティティを確立させた。 宮廷は優れた芸術家を招き、その才能に見合った処遇を与えた。このバロック時代においては、宮廷画家は騎士の称号を手にし、貴族階級の仲間入りをするまでになった。その代表がベラスケスだ。17世紀、約40年間宮廷画家としてフィリペ4世に従えた彼は晩年『ラス・メニ―ナス』を描いた。縦横約3mの巨大なカンバスに人物はほぼ等身大で描かれる現実感と、本来中心に据えられるべき国王夫妻が鏡の中に小さく存在する虚構感が1枚画に同居して鑑賞者を幻惑させる。スペイン美術史研究家の大高保二郎氏は「絵画と現実との境界が撤廃された、演劇的なバロック空間」と評している。国王家族らと首席宮廷画家が宮廷内の彼のアトリエの中で1枚画に収まっている事実こそ、宮廷画家としての最高の栄誉が提示されている。ベラスケレスの胸元に描かれた赤い十字架はサンティアゴ騎士団の紋章で、入団は身分の高い者しか認められず、当時の最高の栄誉だった。ベラスケレスが騎士団への入団を認められたのは『ラス・メニ―ナス』完成3年後。このためこの赤い十字架はベラスケレス自身の筆か、後世になって誰か他の人の手によって加筆されたことになる。

現代でも様々な解釈が

 いくつもの作画の技法と視点の仕掛けが施されたこの絵画の緻密な構成は多様な解釈がなされてきた。哲学者フーコーは著書『言葉と物』の序論でこの作品を取り上げ、「観る者」と「描く者」の視差を構造的に分析した。「見る自分が見られる自分であり、見られる自分が見る自分である」というこの関係が無限に連鎖している。現実社会では多方向多次元でこうした交差され、その重なりが「主体」や「知」や「権力」を成り立たせているのだと、説いている。「見られること」で私自身という主体が成立し、その主体が「見ること」で他の主体を成り立たせる。このように相互に表象しあって映じているのが「世界」だとしている。ベラスケスの絵の解釈は哲学まで昇華させてしまう影響力を現在も備えているのだ。この絵の実際の寸法は縦x横で3.18 m x 2.76 m。その大きさと美術的な価値により、マドリードのプラド美術館から門外不出となっている。時空を超えた神業的作品だ。

『ベラスケスとプラド美術館の名画『言葉と物』『プラド美術館 驚異のコレクション』

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建築家・デザイナー・学芸員・市場アナリスト・・・爺達からの遺言。現代社会と過去の時空を彷徨い、明日を生きるためのメッセージを送っていきます。

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